べぐれでねが<秋田放射能測定室>
https://beguredenega.com/archives/15036

ここのブログをブックマークして時々読んでいる。
311の福島第一原子力発電所の事故のあと時間が経って、自分の意識の中でどんどん風化してゆく放射線への恐れを、繋ぎ留めておくために。

この日の福島の桃の話を読んで、最初悲しくて、だんだん苦しくて悔しくて腹立たしくて後頭部が脈打つほど感情が昂った。
首相に「こんなひとたち」と言われてしまう私たちが住んでいるのは「こんな国」なんだよ。



ブログの話は、立ち寄った販売所のおばちゃんに試食の桃を差し出される、というだけのことなんだけど…。

ブログ主は、福島のひと達は大きな被害を受けたひと達で、大事に育てた桃を差し出すことで、ここで生きてゆこうとしてるだけであることを十分に知っている。だけれど。その桃のひと切れは毒だ。放射能汚染の精密測定を行っている彼は、ここの桃が九分九厘の確率で、高濃度汚染されていることを知っている。
おばちゃんの桃は、風評被害を受けてるのじゃなくて、原発事故の放射能被害を受けてるんだよ。個人の祈りや想いや頑張りで何とかなるものじゃないはずなのに。事故から7年近くが経って、復興という隠蔽が進んでる。日本は、こんな国だ。

差し出された桃のひと切れが目に浮かぶ。
皮をむかれた瑞々しい桃の肌に、滲みふくらんでひかりながら滴る果汁が見える。

おばちゃんを悲しませたくなくて、断り切れなくて、ひと切れだけと言って口にするブログ主。





昨年話題になった映画「この世界の片隅で」。
この映画をどうしても観る気がしなかった理由、こういうことかな、と思った。
観ていないのに、断じてしまうのはいけないことかもしれないけれど。

レヴューを読んでて伝わってきたのはこんなことだった。
戦時下でも工夫を凝らし豊かに暮らし、しあわせや笑顔があった、困難の中でも健気に生き抜く美しい人生があった……。声高ではない反戦映画……。

観たら、きっと私は泣くんだと思う。
でもなぜだか、観て、こころを波立たせたくなかった。
素直じゃないね。
でも、その美しい健気な人生は戦時下じゃなければもっと豊かに当たり前に、意識することなく続いているはずのもので、健気を強いられて、大事な右手を失って、そんなの世界の片隅だろうが中心だろうが理不尽に変わりないし。
道端の雑草を摘んでおひたしにして出すことが豊かか?一尾の魚をひときれずつに切り分けて食卓に出すのが創意工夫か?ただの戦時下の困窮と飢餓だろう。
選んでそうしてるわけじゃない。

そう、健気を強いられている、そのことがすごく嫌なのだ。
健気を強いる大きなナニカを不問にして、健気を美しく哀しいと思わせられるのは嫌だ。

「日本中の想いが結集!100年先も伝えたい」
これが映画のキャッチコピーだそうだけど、ほんと昭和20年から70年経っても日本人の心根は変わってないよ。
桃を差し出したおばちゃんも、断れず口にするひとも、健気だ。
日本人は、優しくて健気だよ、みんな。異議申し立てばっかりしている私だって同じ心象を持って生きてるんだよ、意外かもしれないけど。

でもそこに付け込まないで欲しい。
私の、彼女の、誰かの健気は、となりにいるひとがそっと感じ受けとめればいいもので。強いられ、声高に褒め称えられるものじゃない。そんな状況は間違ってる。私はそれを喜べない。








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