「フェイクニュース」


ネット世論操作は近年各国が対応を進めているハイブリッド戦という新しい戦争のツールとして重要な役割を担っている。ハイブリッド戦とは兵器を用いた戦争ではなく、経済、文化、宗教、サイバー攻撃などあらゆる手段を駆使した、なんでもありの戦争を指す。この戦争に宣戦布告はなく、匿名性が高く、兵器を使った戦闘よりも重要度が高い。EU、アメリカ、ロシア、中国はすでにハイブリッド戦の体制に移行している(あるいは、しつつある)。そのためフェイクニュース、ネット世論操作はハイブリッド戦という枠組みのなかで考える必要がある。単体でフェイクニュースのことを取り上げても有効な解決策は生まれない。
 別な角度から考えるとフェイクニュースとネット世論操作は社会変化を反映しているとも言える。ネットの普及がもたらした社会変化のひとつであり、民主主義の終焉でもあり、低い文章読解力がもたらした弊害でもある。フェイクニュースというのは我々の社会が、現在直面している軍事、社会、そして民主主義の危機を象徴している。単純にファクトチェック組織を作るとか、事業者が管理を厳しくするとかで解決できる話ではない。

    「フェイクニュース ― 新しい戦略的戦争兵器」 一田和樹著




読み難い。文章はそうでもないんだけど、本文中に引用元の註がつき、その多くが英語文献で日本語表記も横書きになったり、カッコ、カギカッコ、二重カッコも多くて。読み難さに堪えて読んでも、「ああ、もうダメじゃん」って気分にしかならないし。

世界レベルでは。
ハイブリッド戦大国のロシアの、叩き上げKGB出身のプーチン相手に、バカボンボンのあの方が同じ土俵に上がれるはずもなく…。

国内でも。
SNS、とくにツイッターで時事情報を追ってコメントを読んでいると、「なんなんだろう、この言葉の通じない感じは、、」とうんざりすることあるんだけど。
紋切り型の文言を脊髄反射的に何度でも返してきてへこたれない感じ、、これボット、とかトロールとかなんだろうなぁ、と。

それと、日本の機能的識字率が下がっているということ。
長く、日本は識字率の高い国と思ってきたけれど、実際識字率の調査自体1955年に行ったのが最後で、その時点でさえ機能的識字率―基本的な文章読解力―は低かったという。現在で例えて言うなら「ツイッターはできても文章の意味は理解していないひとたち」が多いということ。なんかネットでの実感としてわかる。そういうひとがネットでハイブリッド戦の戦力となる。「話せばわかる」なんてありえない段階なんだよね。
 
私たちひとりひとりがネットリテラシーを磨いて、デマに振り回されないように……そんな段階じゃない。
じゃあネットなんか見なければいいじゃない……そんな段階でもない。
もう既に戦時下なんだ。宣戦布告もなく、同盟非同盟の区別もなく、内部から崩壊してゆく戦争。

いや待て。この本自体が壮大なフィクション、フェイクかもしれない。
ファクトチェックするか! …ってさぁ。巻末の参考文献15ページあるよ、ほとんど英語だよ。戦時下のファクトチェックなんて、個人のリテラシーの話じゃないってこと。

暗澹とした気持ちになる。
だめだ、もうダメ。チバの声に溺れて現実逃避して余生過ごすしかないわ。








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