「複眼人」

2021年4月27日 読書
「複眼人」
 
 
その島の次男は、生まれて180回目の満月を迎えると島を出なければならない。
その島はあまりにちいさいので。島人の数が島の木の数を越えてはならないと神に命じられている。

100回目の満月の後、少年はタラワカと呼ばれる舟を造りはじめる。
月の数が満ちた時、10日分の水だけを積んで、戻ることのない航海に出る。
アトレもそうやって海に出た。愛する少女にもらった話笛を携えて。



私たちが迎えるほんの少し先の未来に生きたひとたちの物語。
起承転結のあるストーリーが展開されるわけではなく、大きな変化がゆっくりと訪れようとしている時を過ごしているひとびとの人生が描かれている。“死”に溢れているのだけれど、もっと大きな生命力を感じる世界観。


 どこに行っていたんだい?
 なにを見たんだい?
 なにを聴いたんだい?
 だれと会ったんだい?
 これから何をするつもりなんだい?

ハファイの歌うこの歌は、アトレの、トムの、トトの、アリスの冒険の歌なのかもしれない。



島の知恵者、掌海師が言う。
「音は誰にでも通じるものだ。すべての波音が人間の心に届くように」

台湾先住民のハファイの歌声。
「その歌声は、歌そのものを聴く者の体の奥深くへと染み渡らせる。彼女の歌声は風に漂う種となり、その種がいつ自分の心の奥底に落ちたのかもしらぬまま、台北に戻ってMRTに乗っているときにふと、ハファイの歌声が、車両内の喧騒を突き抜けて心に蘇る。車窓の外を眺めながら突然涙を流す人がいたならば、そんな者たちかもしれない」





ファンタジーというよりも、いつか神話になるかもしれないような、ある時の物語。ハファイの歌を、2016年に聴いたなぁと思い出した。





呉明益:1971年、台湾・台北生まれ


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