警察犬の嗅覚は、殺人現場で被害者の恐怖を嗅ぎ取る、という話を思い出した。オカルトや比喩的な話ではなく、恐怖を感じた時に分泌される物質が残留するから、という。もちろん、犬がそこで怯えるということではない。涙の成分を分析すると、感動の涙と悲しみの涙では成分が違うらしいので、なるほどと思う。
人の嗅覚が犬のそれほどに優れていたならば、世界の見え方はきっと違っているだろうな、と思う。いまとはまったく異なった進化をし異なった歴史を作っていたかもしれない。

「香水―ある人殺しの物語」、面白かった。とても。
匂いの描写を鼻で読み解くことができたらいいのになぁ、と思った。活字から匂い立って来れば・・でも待て。それじゃあ最初の数ページの悪臭に耐え切れず本をぱたんと閉じてしまったかもしれない(笑)。
だけど匂いというのはものすごくダイレクトに感情に作用するものだから、匂い付きで物語を読めたら――この物語に限らず――とてつもなく生々しい読書体験になるだろうな。





これを読みながら思い出していた物語がふたつ。
「香水」の主人公と逆に体臭がどんどんと強烈になってゆく男の話「スメル男」。
それと、昭和の世に望まずして救世主となって崇められる男の話「岬一郎の抵抗」。
どちらも、最後は石持て追われる男。
常人が知りえない理解しえないものを、見る・知る・感じる、それで世界を感じてしまうというのは、つまりは絶望的な孤独を知るということなのかも。ジャン=バティスト・グルヌイユも孤独だ。それを悲しんではいないし、そもそも自覚もないけれども。
「香水」とはまったく違う物語だけれど、連想的に思い出した。


気になったまま読みそびれていた物語だけれど、本当に面白い物語は20年経っても芳香は褪せないのだね。「麝香をしみこませた戸棚」のように。




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